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★エッセイ『ことなひまめのオッペケペーですっとこどっこいな日常』
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『おばあ秋5日目』200

 急に寒くなったこともあって、少し鼻ズビのおばあちゃん。
 この日は外に出ないで、家でビデオ鑑賞会。 
 幾多ある所蔵コレクションの中から『荷車の歌』と『続・夫婦善哉』を見た。
 どちらもボクが生まれた頃の日本映画だが、おばあちゃんは、
「昔、おじいちゃんと観たよ。でも忘れたなあ」と言って、俳優の解説を交えながら見入っていた。
 4時間映画を観た後、『だまこ鍋』を作って食べた。おばあちゃん、大満足。
 6日目の今日もまた、コタツに入って映画を観る計画である。
 さすがに今年は「卓球やろう!」というムードにはならない。
 寒いせいなのかな。少し年をとったせいなのかな。
 (2010.10.28)   このページのトップへ

『リーディンググラス』199

 なるほど、そういう手があったか。
 最近、細かい字、小さい字に遭遇したとき手が疲れる。けんしょう炎になるくらい疲れる。 
 そうだ。老眼になったのだ。
 老眼の先輩であるおばあちゃんは、ボクにこう言ってカバンから老眼鏡を取り出した。
「100均で売ってるよ。 ほれっ」
 なるほど、そういう手があったか。ボクはうらやましげな目でおばあちゃんの老眼鏡を眺めた。
「私、買ってやるから」
 おばあちゃんに買ってもらった老眼鏡にはこう書いてあった。
 リーディンググラス。Reading Glasses。
 なるほど、読む眼鏡か。なるほど、イケテルなあ。うまいネーミングやなあ。
 (2010.10.27)   このページのトップへ

『おばあ秋4日目』198

 昨日は冷たい雨が降る中、スーパーAMANOへ買い物に行った。
 おばあちゃんは買い物が何よりも大好きなのに、普段は足がないため自粛せざるをえない。 
「わっ! わっ! 買い物だ! わっ!」
 おばあちゃんは、石巻にいるときから「買い物メモ」を入念に作っていて、それを手に握りしめて子供のようにはしゃいでいた。
 買い物メモにはこう書かれていた。
 アッシュ(飼い犬)のえさ。ドライヤー。ズボン(いいのがあれば)。プリン。透明なテープ。(アルバムの表紙用)
 う〜ん、そうか、そういうものが買いたくても買えなかったのか。何だか切なくも可愛い。
 おばあちゃんは、スキップをするようにスーパーAMANOをあっちこっち見て回った。2時間はいただろう。
「どんな観光地よりこれがいいのよ」
 なるほど。
 おばあちゃんの買い物カゴの大半はアッシュのえさだった。その上にプリンをチョコンと載せて、満面の笑みでおばあちゃんは言った。
「あんだだぢもプリン買わいん(買いなさい)」
 (2010.10.27)   このページのトップへ

『似たようなもんじゃない?』197

 昨日何かの話で、似たようなもんじゃない? という場合の例えに言及する場面があった。
「五十歩百歩」 ボクが言った。 
「目くそ鼻くそ」 妻が言った。
「肥やし汲みの屁みたい、って言うんだよ。どっちが臭いか分からん」
 さすが、おばあちゃんは一枚上手だ。
 (2010.10.26)   このページのトップへ

『間尺に合わない』196

 冷たい雨が降っている。今日は全国的に冷え込んでいるらしい。もちろんここも。
 今年の冬はいつものように寒いらしい。もちろんここも。 
 あんなに酷暑だったのに、冬はフツーに寒いんだって。
 これ、ちょっと間尺に合わない気がしませんか?
 大運動会の次の日がフツーの授業だったって感じで・・・。
 (2010.10.26)   このページのトップへ

『衝撃のデブー』195

 体重や体脂肪や内蔵脂肪を測り始めて1年余、衝撃的なことが起こった。
 せっかく理想的な数値に近付いていたのに、衝撃的なデブになっていたのだ。 
 さもありなん、ではある。これだけ食って太らないはずはない。
 おばあちゃんは、体重計に載らなくなった。
 妻は今から載ろうとしている。恐る恐る・・・。
「どうだい?」
「う〜ん・・・」
 あと何も言わない。
 (2010.10.26)   このページのトップへ

『憤死する』194

 どこの店とはあえて言いませんが、入道崎で一番新しい店でした。
 とてもとても信じられないくらい感じの悪い店でした。こういう店があっていいのでしょうか? 
 どこの店とは言いませんが、海とか風とか付く店でした。
 そこで起こったことを書こうと思ったのですが、それは思い出したくもないので、やっぱり書きません。が、驚くぐらい本当に感じの悪い店でした。
 ああいう観光地にああいう感じの悪い店があることは、男鹿市の評価を落とすことになるので、ボクはこの際「男鹿市長」に苦言を呈したい。
 いや、秋田県全体の評価を落とすことになるので、絶対間違いなくなるので、ボクはこの際「秋田県知事」に提言することにしよう。
 いやいや、今や韓国人とか中国人もたくさん来るようなので、ボクはこの際「総理大臣」に直訴しよう。
 ボクは本当に怒っていて、実際、本当に憤死しそうなんです。
 (2010.10.25)   このページのトップへ

『おばあ秋3日目』193

 人生最大のイベントが終わった。終わってしまった。
 くどいように何度も何度も言うが、それは『鴨肉のステーキと牛バラ肉の煮込み盛り合わせ』と『秋鮭ときのこのパイ包み』などをメインにしたフランス料理のフルコースのことである。
 夕べあれだけの訓示を垂れたおばあちゃんではあったが、朝、ちょっと想定外のことが起こった。
 隣のK子さんから「胡麻餅」と「あんこ餅」をいただいてしまったのだ。結果、朝食にこれを食べざるをえなくなった。腹にズド〜ンとこたえた。ボクは太田胃散を飲んだ。2人は黙して語らなかったが、早々と夕べの第3の教訓がくずれた。
 天気はそれなりに良くて、気を取り直したボクらは一路「男鹿半島」へ。
 まず向かったのは「GAO」という水族館。ホッキョクグマの豪太くんでおなじみの観光スポットだ。入り口付近の水槽に「茶柱のように垂直になって寝ている白内障のゴマアザラシ(20歳)」がいた。それを横目に見ながら館内に。
 幻想的な水中の世界に目を奪われながら進む。癒し効果があって今ペットブームだという「クラゲ」のコーナーもなかなか良かった。そんなこんなしてるうちに、「豪太くんへ秋鮭のプレゼント」の時間になった。秋鮭? ちょっと待って。それ今日のフルコースのメニューじゃん、と思いつつボクらは豪太くんのもとへ馳せ参じた。
 豪太くんは1本まるまるの鮭を与えられ、すぐ食べるのかと思いきや、それをフィギュアスケートのペアが女性を放り投げるような動作で、何度も何度も執拗に放り投げた。それから鮭のしっぽを口にくわえ、歌舞伎役者が長い髪をブルンブルン振り回すような動作で、バシンバシンと何度も何度も水に叩き付けた。秋鮭は徐々にぼろぼろになっていったが、彼はなかなか食おうとしなかった。
この映像の豪太くんは骨をくわえているが、これが鮭だと考えていただきたい。

 

「あらあ、まあだ食わない。あのシャケいつ食うべねえ・・・」
 おばあちゃんは豪太くんよりもシャケが気になってしょうがない。
 満員だった観客も、パフォーマンスの執拗さと単調さにだんだん飽きてきたみたいで、気付くとボクらだけになっていた。
「あれ、カラス来たよ。仲間呼んだよ。ああ、シャケ狙って来たんだべよ」
 おばあちゃんの興味はカラスに移ったが、豪太くんはシャケを水の中に沈めたままプイッとオリのほうに姿を隠してしまった。カラスとおばあちゃんが取り残された。
「カア〜」
 カラスがあきらめて飛び去った。
「食わねんだべが、シャケ・・・」
 おばあちゃんは最後まで粘っていたが、やがて思いを断ち切るように、
「さっ、んで行ぐが?」と言った。毎日シャケばっかり食わせられてもう飽き飽きなんだろう、という結論になったが、これからボクらが食べることを思うと、内心ボクは「この、飽食野郎!」という気持ちにもなった。
 そんなわけで、その後入道崎などを見て、いよいよホテルへ。いざレストランへ!
 ここで想定外だったことを書いておかなければなるまい。
 それは、「ライスか? パンか?」という選択肢がなかったことである。自動的に全部パンだった。第2の教訓もオジャン。
 あれはなんだったんだろう? あれだけ夕べから、いやもっと前から・・・。
 終わった。人生最大のイベントが終わってしまった。
 ちなみに、『きのこのパイ包み』の中に「まつたけ」の姿はなかった。
 写真は<こちら>
 (2010.10.25)   このページのトップへ

『おばあ秋2日目』192

 2010年10月24日(日)天気晴朗なれど腹ややきつし。
 最大のイベントの朝を迎えた。
 くどいように何度も何度も言うが、それは『鴨肉のステーキと牛バラ肉の煮込み盛り合わせ』と『秋鮭ときのこのパイ包み』などをメインにしたフランス料理のフルコースのことである。
 ボクら以上に「準備女」であるおばあちゃんは、先人の知恵とばかりにボクらにいろんな教訓を垂れた。夕べのことだ。
 明日に備えて夕飯は焼き魚だけの質素なものにすること。これが第1の教訓。
 メインディッシュが食べられなくならないよう、パンではなく(お代わりを誘うから)「ライス」にすること。これ第2の教訓。
 ガツガツした田舎者と言われないよう、1回フルコースのことは忘れて朝とか昼は普通に食べておくこと。これ第3の教訓。
 そして、究極の準備がこれ。妻から針と糸を借りて、持ってきたズボンのウエストを広げゴムを入れた。先人はやることが違う!
 そういうことを前の晩からあれこれボクたちに教え諭したおばあちゃんは、寝る前にため息まじりにこう言った。
「これ行ったら何も楽しみなぐなるなあ・・・」
 そんなことはない。秋ツアーはまだまだ続く。
 (2010.10.24)   このページのトップへ

『おばあ秋初日』191

 朝は大量にもらってきたパンを食べ、大量にたまった洗濯をし、3人で秋田へお買い物。
 買い物が何より好きなおばあちゃんであるが、普段は足がなくてなかなか買い物に行けない。ボクはその「足」になる。一日中「足」は走る。
 まずは、土崎ジャスコで毛糸を買う。おばあちゃんの作ってくれたセーターはたくさんあるが、一番好きなセーターはこちら
 今回は78歳の挑戦をする、という大宣言があり、ボクはオレンジ系の、妻はピンク系のセーターを編んでもらえることになった。材料だけで万単位だが、製品化の値打ちはそれどころではない。すまん、すまん。
「ワダシも何が仕事あったほうがいいんだもの」と、おばあちゃん。
 次に向かったのが、「わかば」のランチ。おばあちゃんは石焼ビビンバが大好き。
「少ししょっぺがったけど、おいしがった」と、おばあちゃん満足。
 次はパジャマを買いにイトーヨーカドーに。が、ショックなことに10日ほど前に閉店。
「石巻のヨーカドーもつぶれたよ」と、おばあちゃん。やむなく「本金西武」へ。
 パジャマ売り場の売り子さんは、非常にすましていた。
「このパジャマ、いいですよ。でも、赤がないとさみしいな」とか言って勧めていたが、何かの拍子に、「柄っこ合わない・・・」と言った。「柄っこ」。ちょっと気を許したようだった。
 そんなお買い物デーだったのだが、一番おかしかったのは前出の「土崎ジャスコ」の時計売り場でのこと。
 時計のバンドが壊れたおばあちゃんは、店員に別のと交換してもらえるか頼んだ。
「サイズはお分かりですか?」店員が聞いた。むろん時計バンドのサイズのことだ。
「ええ〜?」おばあちゃんはちょっとうろたえた。
「お測りしますか?」
「えっ? ここでですか? ここで測るんですか?」
「はい、すぐ終わります」
 ボクがふと見ると、おばあちゃんは、顔を赤らめながら、もぞもぞ自分のズボンのバンドを外しにかかっていた。 
 (2010.10.23)   このページのトップへ

『まつたけのパイ包み』190

 今年は「まつたけ」が豊作らしい。
 『秋鮭ときのこのパイ包み』・・・。『きのこの・・・』。
 「まつたけ」は・・・「きのこ」。「きのこ」は「まつたけ」。まつたけのパイ包み・・・。頼むぜ! フルコース。
 もっかボクら3人の最大の悩みは「タイジュウ」。
「わっ!」 寝る前に体重計にのったおばあちゃんが叫んだ。
「ええっ!」 次にのったボクが叫んだ。
「・・・」 最後にのった妻が沈黙した。
 これから始まるってのに・・・。
 今朝、おばあちゃんはパジャマを計った。
「ほらっ、500グラムもある」つかの間、喜んでいる。かわゆい。
 まつたけのパイ包み・・・。
 大丈夫、まつたけはそんなに重くない。
 (2010.10.23)   このページのトップへ

『帰ってきたぞ』189

 ただいま〜。おばあちゃんは今お風呂に入っている。
 今日はさすがに疲れた。
 今日は早く寝て明日からいよいよ「お・た・の・し・み」だ。
 おやすみなさい。
 (2010.10.22)   このページのトップへ

『前沢インターの怪』188

 昨日、前沢サービスエリアでビックリしたことがあった。
 「おやつにどうぞ! 前沢牛串1本2000円」
 いくらなんでも、おやつに2000円の牛串を食べる人がいるだろうか?
 レストランのメニューを見てさらに驚いた。
 「前沢牛ステーキ8000円」
 本当かと目を疑った。
 お店でならいざしらず、SAで8000円出して食べる人がいるだろうか?
 見てみたい、と思った。
 ボクらはお茶だけ買って、持参したおにぎりを車の中で食べた。
 今日は、妻の長姉のお宅にお呼ばれして、明日おばあちゃんを連れて秋田に帰る予定です。  
 そうそう、錦秋湖の紅葉はまだ先のようでした。
 (2010.10.21)   このページのトップへ

『チョコ備忘録』187

 言い忘れてたけど、ボクは子供の頃、『森永チョコボール』の『銀のクチバシ』を5枚集めて『おもちゃの缶詰』をもらったことがあります。
 これ、自慢。
「あんまりクラダナイことばかり書いてないで、そろそろ支度をしなさい」
 隣でビューラー(まつげ上げ)に余念のない妻にそう言われそうなので、そろそろ出かけることにする。さようなら。
 しばらくお休みになるかもしれません。あしからず。
 (2010.10.20)   このページのトップへ

『謙虚な人』186

 ボクは、広辞苑で「広辞苑」の意味を調べていた。
 ちなみに「広辞苑」は「甲子園」の隣にあった。
 「私のことです」と書いてあった。 
 そういう夢を見たので、本当に調べてみたが、広辞苑という言葉すら載っていなかった。
 さすが広辞苑さん、謙虚な人だと思った。
 (2010.10.20)   このページのトップへ

『クダラナイ』185

 友人から「クダラナイことが一番楽しいのだよ」とメールをもらった。
 拙筆「卓球甲子園2010」を読んでの感想。
 なるほど、クダラナイことが楽しいのか。そうかそうか。 
 それを教えたら妻が言った。
「私たちいたってマジだよね」
 マジメに真剣勝負をしただけなのに、それがクダラナイと思われる。楽しがられる。
 クダラナイ(と思われる)ことを超マジにやってるからオモロイのかな?
 う〜ん、ちょっと複雑。
 (2010.10.20)   このページのトップへ

『刺身ダイエット』184

 明日おばあちゃんを迎えに石巻に行きます。
 戻ってきた22日からは、いよいよ例の『旬の鴨肉のステーキと牛バラ肉の盛り合わせ&秋鮭ときのこのパイ包みをメインとしたフルコースツアー』を目玉とした、恒例「秋の親孝行&自分孝行プログラム」がスタートします。
 そういうこともあって、昨日は家中丸ごとクリーニングの日と相成りました。いろんなところに磨きをかけました。おばあちゃんのチェックは厳しいのです。 
 ゴミも出しました。で、生ゴミは極力出さないようにと、昨晩は買い物に行ってお刺身を購入。鯨刺と中トロマグロ刺です。豪華!
 久々のお刺身定食を食べて、読み聞かせをし、寝る前に体重計に乗ってビックリ!
 2人とも体重700グラム減、皮下脂肪10%減だったのです!
「毎日刺身にしよう!」ボクはうれしくて思わずそう叫びました。
「その前に家計干上がるワ」
 妻はいつもながらゲンジツテキです。
 (2010.10.19)   このページのトップへ

『白河の関は・・・』183

 『卓球甲子園2010!』
 長かった大会もついに終わりました。結果から申し上げます。
 優勝、明徳義塾(高知)。準優勝、聖光学院(福島)。 
 そういうわけで、やっぱり優勝旗は白河の関を越えられませんでした。残念!
 しかし、決勝戦はものすごい戦いになりました。
 白河越えの重責を担った妻は、ものすごいチャージを見せました。延長が6回も続く死闘! 奇跡的なプロはだしのファインプレイ続出! すごかった! 妻の形相もすごかった!
「これで勝てないなら、私卓球やめるわ」
 汗だく、ゼイゼイの妻は、最後にそう言って乱暴にラケットを放り投げたのでした。
 次の大会は『ボクらだけが知っている金言・名言大会』です。ご期待ください。
 (2010.10.18)   このページのトップへ

『ジューヨー漢字』182

 常用漢字が変わるらしい。
 「俺」「岡」「賄」など196字が追加になり、「匁」など5文字が削除されるという。ひとまずいいことだ。ボクらは文字を扱う仕事をしているので特に関心があるのだが、今まで「うっくつ」という漢字を打つとき「うっ屈」とせねばならなかった。変でしょ? これがようやく「鬱屈」と書ける。 
 「私」「頃」「俺」も今までは入っていなかったんですよ。変でしょ?
 ちなみに、今読み始めたボクが生まれる前の本『静かなドン』には、常用漢字しか知識がない人は絶対読めないだろう、画数の異常に多い難解な漢字が頻繁に登場する。
 そんな漢字を読み解くこと自体、ボクは限りない興奮を覚えるのだが、そういう漢字力が一般的に必要とは思わないにしても、まあ、もうちょっとは漢字を読める社会にならなければいけないのではないだろうかと思うのだ。
 今時『読み・書き・ソロバン』がリテラシーとは申しませんが、やっぱ、自国語が衰退することは悲しいことです。
 みんな、もっと読もうよ! 書こうよ! 米食おうよ!(これ、ちょっと違いますね)
 (2010.10.17)   このページのトップへ

『静かなドン』181

 妻とボクの共通の趣味の最たるものに『読書』というのがある。妻は文学部出身だから当然のことだが、本もたくさん持っている。さらに亡くなった義父もすごい読書家で、特別にあつらえた書庫がふたつもあり、本の数は有に1万冊はあった。ジャンルも漁業関係の自然科学からロシア文学まで多岐にわたる。
 今では遺品となったたくさんの本の中から読みたいものを選んで、帰省のたびにボクらはチョコチョコいただいてくるので、わが家の蔵書の数も半端じゃなくなった。 
 で、ここからが今日の本題なのだが、『何でも2人で楽しまなければ気が済まない癖』を持っているボクたちにとって、この『読書』だけは唯一それができない、2人一緒に読書はできても、同じ本を同じスピードで読むことができない、という抗しがたい壁が立ちはだかっていた。
 これ、映画とか音楽鑑賞なら何ら問題ないことなのに、こと読書においては2冊同じ本を用意して「ちょっと、今何ページ?」とか言いながら読み進むほかない。
 残念! 困った!
 そういう状況に直面した時、ボクらの脳みそはフル回転する。命がけで解決策を追い求める。そういう癖もある。
 そして、とうとうその解決策が見つかった! 
 ボクが声出して読んで、妻がそれを聞いていればいいんじゃん! 
 実はこれ2年前の話だ。あの頃、畑もやめて自由な時間が潤沢にあった。
 ボクは声に出して読みながら、歌のところは歌い、セリフのところは情感を込めて語った。妻は手が空いているので、パッチワークをしながら聞いている。
 ボクらはこれを『読み聞かせ』と称して、あの頃は1日8時間とか平気でやっていた。いろんな本を読んだ。100冊以上は楽に読んだだろう。妻が作ったパッチワークも膨大な数になった。長かったのは司馬遼太郎の『坂の上の雲』とか『菜の花の沖』、あるいは『橋のない川』(住井すえ)であったろうか。はたまた大好きな小説『楡家の人々』(北杜夫)であったろうか。
 いずれの小説も原稿用紙にしておそらく2千ページ〜5千ページであろう。超大作だ。
 読みながら、ボクは感情が込み上げてきて文字がかすんだり、声が上ずったりすることもあった。妻もパッチワークに涙のシミを何度作ったことか。それとは別の意味で、声を使い過ぎて喉がガラガラになり、ボクは声が出なくなったこともあった。読書とは肉体労働だと思ったものだ。
 そしてもうひとつの楽しみは、晩酌タイムや寝ながらのおしゃべりタイム(これを『寝しゃべり』という)に、本の感想をいろいろしゃべくり合うことだ。ああ、楽しかったなあ・・・。でも、事務所を立ち上げてからはめっきりそういう時間が減ってしまった。
 しかし、今ちょっと時間ができた。妻の超大型物件が完了したのだ。20日からおばあちゃんが来るのだが、それまでの間読んじゃえ!
 ボクは長年読んでみたかった本を書棚から取り出した。ボクが生まれる前に出版された古〜い、分厚〜い3冊である。
「えっ! これっ?」
 妻は驚いた。その本こそロシア文学(いや『ロシア文學』と言い換えねばなるまい)の傑作『静かなドン』(ショーロホフ)! なんと1万ページ!
「それ、おばあちゃん来るまでどころか、年内中に読めないよ」
 なるほど。妻は現実的だ。
 (2010.10.17)   このページのトップへ

『名は心まで表す、ゼ!』180

 かつて妻が書いた雑感の14に『名は体を表す、か?』というのがあったが、まさにこのタイトルの疑問符(?)が取れるようなニュースが飛び込んできた。 
 106歳で亡くなった置塩寿(おきしおじゅ)さん、神戸市に13億円相当の寄付をした、というもの。 
 もし名字の「置塩」が「置金」だったら言うことなかったんだけど、名前の「寿」はまさに106歳の長寿を表しているではないか。スゴイ! と思った。
「でも、もっと驚くのは、そのおばあちゃんが13億円も持ってたことよね」
 妻は別の視点から驚きを禁じ得ない。
 昔、「珍名さん何とか」っていう番組がありましたね。
 難しい読み方の名字とか、オモシロ系の名字(確か「馬鹿さん」「阿呆さん」て人もいた)いろいろあったなあ。
 ちなみにボクの大学時代の友だちで、佐賀県出身の山口巌(いわお)君の弟の名前は「山口九州男」だった。「クスオ」と読ませていたが、やや強引な親心が感じられたものだ。ちなみに九州男くんは気弱な優しい子だった。
 お隣のK子さんの息子は「武蔵」という。弟が「小次郎」だったら大変なことになっただろう。さすがに親もそのことを心配してか、弟にはフツーの名前を付けたようだったが・・・。
 でも、どうでしょうねえ、あんまり親の期待が全面に打ち出された名前というのは、本人にすれば「ありがた迷惑」な場合も多いのではないでしょうか。一生「名前負けコンプレックス」のようなものがつきまとう人もいるのではないかなあ。
 ボクは平凡な名前だからよく分からないんだけど、どうですか? そういう名前の方、どんなもんですかねえ。
 あと、最近の子供の名前は読めませんね。町の広報紙の「おたんじょうびおめでとうコーナー」に出てるんですけど、ほとんどフリガナなしでは読めない。それから、親の趣味嗜好があまりにも反映されている。「近藤羽玖」これ、「こんどうはく」です。「はく」というのは、ボクの推察では「千と千尋の神隠し」の「はく」の影響が大ではないかと思うんですが。亜義人(あぎと)とかね、これ、絶対『仮面ライダーアギト』ですよね。なんで知ってるかって? 夏にスーパーAMANOの屋外イベントでやってたの。仮面ライダーショー。ええ、2人で真剣に見てました。オロナミンCももらいました。
 いつの時代も、そういう流行のようなもので命名してしまう親がいることはいますが、その子が成長していくうちに流行は廃れ、やがて、それは「死語」になっていきますからねえ。それが流行、トレンドというものの宿命ですからねえ。できればもっと長い目で子供の立場に立って命名してもらいたいものです、はい。
 そんなわけで、最後にとっておきの名前を紹介して終わりにしましょう。
 かつて妻が仙台で仕事をしていた時、取引先編集社の新人ライターにこういう名前の人がいたそうです。名前がモロ性別を表しているところもすごいが、名字と名前の絶妙のバランスがいいではないか。リズム感があるではないか。
 ウシブクロダン! 「牛袋男」さん、本名です。
 (2010.10.16)   このページのトップへ

『チョコ、アラカルト』179

 昨日、栗を食べるとき、下に敷いていた紙が生協の宅配カタログのお菓子ページだった。 
 それで、栗をほじりながらそれを見るともなしに見ていたわけなんです。 
 懐かしいものが出ていました。「明治アポロチョコ」「明治チョコベビー」「明治コーヒービート」、それらがアソートになったやつとか。知ってます? イラストで描きたいところだが、今日のところは簡易に表記すると、順に▲、■、●。
 ボクたちはチョコ大好き人間なので、チョコにはかなりのうんちくがあるのだが、今旬なのは何と言っても季節限定でこの時期から売り出される「ラミーチョコ」だろう。スーパーAMANOのチョココーナーには「解禁! 入荷! ラミーチョコ」と書かれていた。まるでボジョレー・ヌーボーみたいだった。もちろんすかさず2枚買った。
 それ以外にも今ボクは「明治ティラミス仕立てアーモンドチョコ」にはまっている。懐かし系のチョコで思い出すのは「元祖Lookチョコ」ボクはどうしてもあのゼリーが中に入ったピースだけは嫌いだった。
 「ウイスキーボンボン」(もしかしたら「洋酒チョコ」と言ったかもしれない)は、確か赤と金の包みのラムが一番好きだった。青金がウイスキー、緑金がブランデーだったような・・・。ボクは瓶の口のところをまずかじって、口の中にお酒をたらして食べるのが好きだった。
 「ペンシルチョコ」というのもあった。ボクはそれで本当に絵を描いたことがある。スケッチブックがいい匂いになった記憶がある。でも、美術の先生にしこたま怒られた。(本当です)
 雨の日「パラソルチョコ」をさして帰宅したことがある。(なバカな!)
 「たばこチョコ」を吸ってフラフラになったことがある。(もちろんウソですよ)
 「コインチョコ」で払おうとしてお店の人にゲンコツされたことがある。(これホント)
 「バッカスチョコ」2枚食べて酔っぱらったことがある。(これもホント)
 「小枝」を「小技(こわざ)」と読んでしまって笑われたことがある。(まさかねえ)
 チョコの話題は尽きない。
 (2010.10.15)   このページのトップへ

『透明人間になれたら』178

 小さい頃ボクはこう思ってました。女風呂をのぞきたい。正直だなあ。やらしいなあ。 
 さて、大人になった今、ボクはこういうことを考えるようになりました。妻も全く同感だそうです。 
 人んちの食卓をのぞいてみたい!
 あそこんち、一体いつも何食べてんだろう? そういうことにものすごく興味があります。正直だなあ。やらしいなあ。
 スーパーのレジで順番待ちをしている時、前の人が何を買ったか、結構詳細にチェックしている人いませんか? そこから家族構成、食事の嗜好性、果ては所得レベルまで、いろいろ想像してしまうヘキのある方いませんか? 正直に手を挙げてみてください。おう、やっぱりね。あなたは正直です。
 やらしいなあ!
 (2010.10.15)   このページのトップへ

『栗、食べた』177

 いえいえ、盗んできたわけではありません。いただいたのです。隣のK子さんから。本当ですって! 
 既に茹でてあったので、ボクらはそれをおやつに食べました。 
 果物包丁で切れ目を入れて、割ってスプーンでホジホジして食べたのですが、ボクは「やっぱり妻だな。かなわないな」と思ったことがあります。
 今度、時間がある時にイラストも書きたいほどなんですが、彼女はガバッと2つに割るのではなくて、ふたを残してカパッと割るんですね。分かりますかねえ。
 昔(今でもあるかもしれないけど)メロンの形したアイスがありましたね。ふたが付いたやつ。あんな感じでパカッとふたをはずし(と言っても微妙にふたは付いているんですが)そうして中身をスプーンで食べる。
 なかなかゲイジュツ的な食べ方でしたが、うまく説明できていないような気がします。今度、やっぱりイラスト描きます。
 (2010.10.15)   このページのトップへ

『ダシの要らない土鍋』176

 そういうものがあれば、さぞかし重宝だと思いませんか? 
 お湯を入れるだけで、昆布やカツオブシ、肉のエキス、魚のエキスがジワ〜っとしみ出てくる土鍋。 
 あるんですよ、ウチに。<これ>がその魔法の土鍋です。2年前から使い始め、ボクらはどれだけたくさんの鍋料理を食べたでしょうか。数え切れません。
 そして、その度にこの土鍋ちゃんは、自分のお肌にたくさんの旨味成分を染み込ませてきたわけですね。
 毎日、機械油にまみれている職工さんの手が、石けんで洗っても落ちなくなっていくように、炭坑夫の顔がだんだんすすけていくように(例えが悪いかな)、とにかく一言でいえば『年季が入ってきた』わけです。
 ボクらはそういう『使い込まれたモノ』が好きで、例えばフライパンは、もう20年以上使っているものだし、出刃包丁も先端が欠けてるけど相当の年季もの。柄が腐ってきた刺身包丁も、それを取り替えて使っています。
 電化製品もそうです。二槽式洗濯機、重〜い掃除機などももう25年選手です。
 少しずつダシが染み込んでいく『ダシの要らない土鍋』のように、人間もまた少しずつ磨かれて、控えめにおいしくなっていきたいものだ。
 昨日、『あんこう鍋』の残りを雑炊にして食べながら、ふとそんな柄にもないことを考えました。
 (2010.10.15)   このページのトップへ

『Jackson Browne』175

 妻との共通の趣味は多々あるが、その中でも音楽に関しての共通点は多い。
 年が4つしか離れていないこと、彼女が3姉妹の末っ子で、お姉さんたちの影響を多分に受けてませて育ったこともその理由だろう。 
 特にフォーク全盛の70年代、『ポプコン』というヤマハの音楽コンクールに出場し、東北大会準グランプリという華々しい活躍をしていた妻であるから、いろいろと音楽の話は尽きないのだ。
 もっとも、その頃の記憶は彼女にとって、華々しい記憶どころか苦々しいことのほうが多いみたいだ。ギターも歌もヘタだったそうで、ヤマハのクリニックで随分スパルタ的に特訓させられたことが今でもトラウマになっている。
 妻は、唯一「作詞」において自分のアイデンティティーを主張するのみだ。CBSソニーからプロになることを勧められたとき、ノリノリだったリーダーのイクちゃんには悪かったけどと申し訳ながりながらも、自分はそれを固辞したことが正解だったと振り返る。
 ボクもそう思う。決して歌やギターがヘタだからじゃなくて、今のこういう仕事が彼女に一番合っていると思うからだ。そういうことをその当時、若いみそらで決められたことが妻のすごいところだと思う。自分をよく知っていたという意味で。
 妻がたくさん持ってきたLPレコードの中に、ボクも大好きだったアルバムがあった。『Hold Out』という全米1位になったジャクソン・ブラウンの1980年のアルバムだ。ボクもかつて持っていたが、もうどこへ行ったか分からない。このアルバムは2人の『お宝』だ。
 そのジャケットをボクらは部屋に飾ってある。この人の声が好きだ。特に歌い出しや語りの声は、何度聞いても鳥肌が立つ。CDのデジタル音源じゃなくて、レコードプレイヤーで聞くと音の厚みが全然違う。普段はジャズかクラシックしか聞かないボクらだが、特別な日に限ってこれを聞くことにしている。
 これから薪ストーブのシーズンだから、昨日このジャケットを別のに替えた。ススがつくのだ。
 先日、カリフォルニアに行った友人<あるまんど山平>が、最新作『Time The Conqueror』をプレゼントしてくれた 。年をとっていぶし銀のような、そして相変わらずのボクらのジャクソンだった。これもいい。
 ジャクソン・ブラウンの生のコンサートが見られたらなあ・・・。死んでもいいだろうなあ・・・。
 (2010.10.15)   このページのトップへ

『栗を拾う老婆たち』174

 あちこちで栗を拾う老婆たちを見かける。
 多くは人の家の敷地の中にまで入って拾っている。 
 田舎の秋の、実にのどかな光景といえないこともない。
 だが、よく考えてみると、あれは実は犯罪なんじゃないか? という疑念が持ち上がってくる。
 普段はズケズケ、ズーズーの彼女たちも、どことなくそういう「やましさ」を隠し持っているようで、その動作を詳細に観察していると、ある一定の傾向性が浮かび上がってくる。
 まず、彼女たちの出没時間だ。彼女たちは早暁、ないし日没前に出没する。
 かなりの確率でペアである。
 この時ばかりは老婆の割に動作が機敏だ。
 物音に耳を澄ましている様子が伝わってくる。
 そういったことを詳細に観察している自分が怖い。
 (2010.10.14)   このページのトップへ

『出遅れたぜ!』173

 そう言って、今(8:00)起きてきた妻にボクは言った。
「タガ外れたんじゃない?」 
 あくびが出た。
「あぐっ! ぐっ!」
 アゴ外れた。
 (2010.10.14)   このページのトップへ

『HUNDOSHI』172

 ついに超大型案件が完結した!  
 と思ったら、また仕事が入ってきてしまった。でも今度のは「並」の仕事だから、あの「勝利の法則」を用いるまでもないだろう。
 「勝利の法則」といえば、ボクが知りうる3人の貴重な読者の1人で、このコーナーでもっとも露出度の高い<友人の某予備校の数学教師>からメールをもらった。
 「事後報告で申し訳ないが、『勝利の法則』は早速授業ネタにさせてもらいました。もちろん、著作権はヤッシにありますから、その旨は生徒に伝えてあります。なお、著作権料はクリスマスライブの飲み代で勘弁してください」と書かれていた。
 やったあ〜、飲み代ゲット! まあそれもうれしいが、ボクのエッセイが誰かのお役に立ったということがうれしいじゃありませんか。ひいては受験生のお役に立てるかもしれないじゃないですか。(それはどうかな?)
 そのことを妻に話すと、彼女は釈然としない顔でこう言った。
「ちょっと待って。あの法則の生みの親はワ・タ・シじゃん」
 あっ、そうであった。そっか、ボクはそれを聞き書きしただけであった。伝承、口承しただけだった。ボクは妻のふんどしで相撲を取ったにすぎないのだから、「私のふんどし返してよ!」と言われても仕方のないことだった。
 今度、洗濯してから返すことにする。
 (2010.10.14)   このページのトップへ

『いちじく』171

 無花果。花のない果物。
 ボクは今日の今日まで、本当に花のない果物だと信じていた。そのつもりで何か書こうと思っていた。
 が、しかし、花があった。ウィキペディアに書いてあった。驚いたなあ。
 そんなの見たことあります? いやあ、驚いた、驚いた。
 まあ、あんまり驚いてばかりもいられないので話を進めますが、どうして植物というものは花があるのか、受粉という行為をしないとダメなのか、そういうことがなぜ必要なのか、そういう面倒くさいシステムの意味がよく分からなかった。アダムとイヴのせいなのか。ボクの謎は深まるばかりだった。
 そんな中、花がない植物というものがあった、という前提で話をしようと思っていたのに・・・。でも、やっぱりあったか。じゃあ、しょうがない。「いちじく、お前もか・・・」。気を取り直していこう。
 ええ、いちじくはですね。「花軸」が肥大した花のうの内面に無数の花をつけるんだそうです。あんまりどこがどうだか分かりませんが、とにかく何だか内側の見えないところに花をつけているんだそうです。そして、その中にイチジクコバチというハチが生息していて(何!)彼らが受粉を媒介するんですって! お前ら、陰でコソコソやってたな!
 イチジクコバチ!? 中に生息!? 信じられない!! 見てみたい!
 いやあ、恐るべし自然界。ボクは当初の趣旨と全く違ったところで、深い嘆息を禁じ得ない。
 それで思い出したんだけど、タラノメってありますよね。あれが生えている場所には、形状は極めてそっくりの有毒な植物が生えています。こっちにはトゲがありませんから見分けられます。山菜採りの方は気をつけてください。
 それから、アイコ(ミヤマイラグサ)のそばには、トゲのない同じような形状の草が生えています。これは毒があるかどうか分かりませんが、食べてもおそらくおいしくはないでしょう。
 なぜ、そういうものが、同じ場所に生えているのか、これも大いに気になるところですが、そういうことは生物学者にお任せすることにしましょう。今日は以上の『山菜採りお役立ち情報』でお茶を濁しておくことにします。
 とにかく、何度も言うようですが、ボクは今日驚いてしまって、ちょっと疲れました。仮眠を取ります。皆さん、おやすみなさい。
 (2010.10.13)   このページのトップへ

『かいつまむ』170

 細かいところは切り捨て、重要な点だけを大ざっぱにとらえること。(新明解国語辞典より)
「かいつまんで言うとさあ、それってさあ、単に男に逃げられたってことじゃない? だってその女、性格ブスだもん」そういうふうに使う。(エラク具体的やな)
 で、ですね。今日はこの「かいつまんで言うと・・・」に注目していただきたい。
 「かいつまんで言うと・・・」と言った場合は、是非本当に「かいつまんで」いただきたい、ということなんです。数行前の例のように。ボクは最近そういうことがすごく気になっているんです。日本語の乱れ、というか日本語の使用法に関して忸怩たるものを感じているのです。
 「かいつまんで言うとさあ、・・・」と言った後のセリフが全然かいつまんでない人をよく見かけます。「かいつまむ」前の話の方が、よっぽど「かいつまんで」あったりします。
 類似例に「正直言ってさあ・・・」というのもあります。「正直言ってさあ」と言ったら、本当にマジ正直に言ってほしい。ウソつくな!
 「ここだけの話だけどさあ・・・」というのもあります。「ここだけの話」だったら、本当にマジここだけの話にしてほしい。よそでも言ってるだろが!
 「平たく言えばさあ・・・」だったら、本当にマジ平たく言ってほしい。よけいデコボコするだろ!
 「ぶっちゃけた話・・・」だったら、本当にマジ死ぬほどぶっちゃけろ!(おいおい、どうした、血圧上がるぞ!)
 「逆に言えばさあ・・・」だったら、本当にマジ逆に言えってんだ! 全然逆じゃねえだろう! (ちょっと、大丈夫? 君)
 「はしょって言えばさあ・・・」だったら、はあ、はあ・・・。
 ちょっと興奮し過ぎたので、トイレで頭を冷やしてきます。かいつまんできます。(それ、用法違う)
 (2010.10.13)   このページのトップへ

『トミさんの祥月命日』169

 今日12日は、トミばあちゃんの祥月命日だ。
 生前『山の神』と言われていただけあって、この日は摩訶不思議なことが起こる。
 どういうことかというと、これはどう考えてもトミさんが食べたくてそうさせたとしか思えないようなことが起こるのだ。
 自分が食べたかったから、ボクらを操ってそうさせてる、としか思えないことが。
 今日もそういう不思議なことが起こった。
 裏庭にいちじくの木があるのだが、草ボーボーでボクはしばらく足を踏み入れていなかった。ところが、なぜか今日、ボクはそこへ行ってみたくなった。大きないちじくがなっていた。
 なるほど、これトミさんの大好物だったもんなあ、と思った。
 妻も、この日は買い物をしていて、普段はあまり手に取らないものを手に取ったりするのだと言う。
 そういうわけで、今日は本来の予定(とんかつ)から大きく外れたメニューになった。
 『いちじく煮』と『はらこ飯』である。 どれもトミさんの大好物である。もちろんボクらも。
 (2010.10.12)   このページのトップへ

『勝利の法則』168

 この3連休も頑張ったかいがあって、妻の仕事もようやくマラソンでいうところの「選手、いよいよ国立競技場のゲートをくぐりました!」というあたりまできている。ゴールテープまであとトラック1周!
 ダントツ1位でトラックを回る選手が、スタンドのファンに向かって余裕で手などを振っている場面を見たことありますよね。昨日の妻もまさにあんな感じでした。
「この戦いはなかなかしんどかったわ。でも、ちょっとしたコツをつかめば誰でもできることなのよ。勝利の法則っていうのがあってね・・・」
 妻は顔に余裕の表情を浮かべつつ、自らの戦いを振り返って、ボクにそれを教え語ってくれました。
 そうそう、これは、受験生の皆さんにもこれから大いに参考になるので、是非聞いておいたほうがいいですよ。

(法則その1)・・・大きな紙に山の絵を描く。横軸に日程、その上に山。これを「目標の可視化」もしくは「目標の見える化」という。山の頂上には日の丸の旗を立てるが、それはゴールではなくあくまでも中間点である。ゴールは山を下り切ったところにある。

(法則その2)・・・山を下りてきた最終地点(ゴール)に「ごほうび」の絵を詳細に描く。彼女の場合、それは「フルコースの絵」だった。これを「目標のごほうび化」という。

(法則その3)・・・全体の目標を、それに要する日数で割って1日あたりの目標を定める。そのとき、要する日数はマイナス2〜3日に見積もる。つまり納期まで15日ある場合は12日ぐらいにする。これで順調にいけば3日前に終わることになる。これを「納期の逆水増し化」もしくは「ヘソクリの快感化」という。  

(法則その4)・・・上りの7合目、下りの7合目に魔が潜んでいることを知っておく。そのあたりに油断、疲れ、あきらめ、ダラケなど、心身の弱みに付け込んで継続を阻む「魔」が潜んでいる。このことを肝に銘じておく。これを「7合目怖い怖いの認知」という。

(法則その5)・・・余計なことを考えず、毎日、淡々と粛々と機械のように作業をこなす。その日やることしか考えない。目先のことしか見ない。これを「雨の日も雪の日も、皇居の前の長い道を、ひと掃きひと掃き、落ち葉を掃き続けている『掃除夫ベッポさん』の心境」という。短く格言化すれば『千里の道もベッポから』ということになる。なお、くじけそうになったときは「365歩のマーチ」などを歌いながら自分を勇気づけるとよい。 

 まだまだ、いっぱい法則はあったのだが、とにかく妻は、いや弊社代表は、そのような法則を打ち立て、それを実行してここまでやってきたのだった! さすが、代表! ヒューヒュー!
 さあ、ゴールは目と鼻の先だ。トラックをあと1週すれば、いよいよごほうびの『旬の鴨肉のステーキと牛バラ肉の煮込み盛り合わせ』および『秋鮭ときのこのパイ包み』をメインとしたフルコースにありつけるのだ!
 皆さん、この偉大なる勝利者を割れんばかりの盛大な拍手で迎えようではないか! パチパチパチパチ・・・。
 マイクを国立競技場に戻します。競技場の山川さ〜ん。

山川:「はい、こちら競技場です。伊藤選手、満面の笑みをたたえ、今、目の前を通過しました。後続の選手はおりません。あと300メートルです。余裕の展開ですね、鍛冶舎さん」
鍛冶舎:「そうですねえ、これはもう大丈夫でしょう。百花撩乱、高嶺の花と言ったところでしょうか」
山川:「あっ! 後ろからケニアの選手が入ってきました! ケニアのアババ選手です! ものすごい形相、ものすごいスピードです。猛然とスピードを上げてスパートをかけました!」 
鍛冶舎:「大丈夫です。これだけの差があれば、そう抜かれるようなことは・・・」
山川:「あっ! 伊藤選手こけました! あっ! あっ! あっ〜!」
鍛冶舎:「・・・」 
山川:「ヌ・カ・レ・タ・・・」
鍛冶舎:「いやあ、やっぱり野球はドラマですねえ。9回裏2アウトまで分かりません」
山川「これ野球じゃない、マ・ラ・ソ・ン」

(法則その6)・・・ゴールテープを切るまで気を抜かない。
 (2010.10.12)   このページのトップへ

『感想ありがとう!』167

 誰が見てるのかも、誰も見てないかも分からないまま、いつも勝手に書いていたわけですが、先日メールをもらいました。
 エッセイも楽しみに見ている、小説も読んでみた、云々・・・。
 いやあ、うれしかったですねえ。このコーナーはブログシステムではないので、コメントとか簡単に打てないので、それでもメールをくれたことにボクは失禁を禁じ得なかった。(なんじゃそりゃ!)
 ようしっ! また頑張るぞ! という気持ちになった。
 そうそう、お気付きかもしれませんが、小説も少しずつ載せています。
 エッセイのように、足を投げ出すようにして気楽に読むわけにはいかないと思いますが、秋の夜長、お時間がある方は読んでみてください。 
 (2010.10.12)   このページのトップへ

『月夜ばかりと思うなよ』166

 ボクらはこういう類いの、いわゆる婉曲表現が好きです。
「チェッ、覚えてろよ!」では下品じゃないですか。そういうとき「月夜ばかりと思うなよ」と言い換えれば、(もっとも言う人によっては、もっと凄みが出て怖いのだけれども)なんとなくその場が和むというわけです。 
 さて、思えば今日は3連休の最終日。行楽方面にお忙しい向きの方たちを尻目に、ボクたちは相変わらず『缶詰』です。先は見えてきたものの、相変わらず代表のトトトトトトトト・・・・・・・・は続いております。
 ボクもボクなりに、ト、トトト、トト、ト、とやっております。でも、さすがに疲れてきました。
「みんな、3連休、楽しんでるんだろうな」 ぼそりボク。
「うん」トトトトトトトト・・・・・・・。  
「みんな、山とか行って充電してるんだろうな」 トト、ト。 
「うん」トトトトトトト・・・・・・。 
「紅葉狩りとか・・・」 ト、ト、ト。  
「・・・・・・」トトトトトトト・・・・・・・。
「いいなあ・・・ブヅブヅブヅ」・・・トッ。
「フルコース、フルコース」 トトトトトトト・・・・・・。 
「えっ?」 
「仕事ばかりと思うなよ!」 トトト・・・・・・・・・。 
 (2010.10.11)   このページのトップへ

『もの忘れの法則』165

 一番忘れやすいのは、「夕べ何食べたか?」である。皆さんもご経験ありませんか? ない? ああ、そういう人は読まないでください。ええ、あなたは正常な人です。立派な人です。退席していただいて結構です。
 それ覚えある、おれもそういうことよくある、という方。よーく聞いてくださいね。
 朝、起きてトイレとか入って、ちょっと下の方に意識が向いたとき、「あれっ? おれ昨日何食べたっけ?」と思う。しかし、これがなかなか思い出せない。もちろん起きぬけで頭がボーッとしているからでもありますが、ここで試験的に「ルート2は?」という質問を自分に投げ掛けてみると、「一夜一夜に人見ころ」とスラッと出てくる。
 それなのになぜか「夕べ何食べたか?」だけが出てこない。う〜ん、何食べたっけなあ・・・。悶々と悩む。ハンバーグだっけなあ。シチューだっけなあ。フィレステーキ? な、はずないしなあ。納豆ご飯? それじゃあんまりだなあ・・・。とにかく悩む。出てこない。
 で、ボクは考えた。なぜ「夕べ何食べたか?」が一番忘れやすいのか? ということである。これからその『もの忘れの定理』について説明する。
 結論。夕べ食べたものは無限にあるから忘れる、ということである。えっ? 分かりにくい? じゃあ、こういうふうに言い換えよう。
 今日、「夕べ」といえばそれは昨日の夕方を指すわけだけれども、昨日の夕べはおとといの夕方のことを指すわけだからである。えっ? もっと分かりにくい? 何言ってるのかさっぱり分からない? う〜ん、じゃあ、こういうふうに言い換えてみよう。
 人は生きている限り、生きてきた日の数だけ「夕べ」はある。何万回も「夕べ」はある。そこで人は間違いなく何かを食べているのだから、限りなく「夕べのメニュー」はあるわけだ。もちろん重複するメニューもあるわけだけど、かなり限りなく「夕べのメニュー」はあるわけだから、「夕べ何食べたっけ?」という質問を自分に課したとき、人は自分の生きてきた中で食ってきた限りない「夕べのメニュー」の中から、ある特定の「夕べ」を選択し、ある特定の「夕べのメニュー」を言い当てなければならない。だからこの問いは難しいのだ、だから忘れてもしょうがないのだ、という結論です。
 どうです? 定理の証明になってきたでしょう? えっ? 私も退席させていただきたい? <友人の某予備校の数学教師>を呼んで説明してもらおうかなあ。 
 (2010.10.11)   このページのトップへ

『怒ってる雷、悩んでる雷』164

 今日はパラリと晴れたのに、夕べはなぜか雷が鳴っていました。
 雷にもいろんなタイプの人がいるようで、昨日の雷はブヅブヅブヅ・・・と煮え切らない人でした。腹でも痛いのかなあ、と思えるような人でした。何か悩みを抱えているようでもありました。トイレの中に引きこもっているようでもありました。
 雷はいつも怒っている人、何かに憤慨している人、ストレスで溢れかえった人だと単純に思っていたので、いろいろ気付かされる点も多かった。
 ひるがえって、今の世情を考えるに、どうも『悩んでる雷』が多くなったなあ、と思うのです。ブヅブヅブヅと煮え切らないまま、ぶつけようのない怒りを腹に貯め生きている、そんな世情を思わずにいられませんでした。
 癒しが必要なのだなあ。スキンシップが不足しているのだなあ。抱きしめて癒されたい人が増えているのだなあ。よーし! 抱きしめてやる! 
 でも、いきなり「ねえ、寂しいんじゃない? ボクが抱きしめてやりますよ」と抱きついたら大変なことになりますね。「きゃあ! へんた〜い!」とか言われてお縄ちょうだいですね。
 そこで、ボクらが考案したのが『ハグマシン』。グラマーな女性、イケメンなどいろんなバージョンの「ハグマシン」を作って売り出すの。ハグマシンに向かって「私寂しいの」と言って寄り添うと、「ダイジョウブだよ。ボクがいるじゃないか」とか言ってギュ〜。
 どうでしょうか。ダメ?
 昔、『釈、お酌』という機械があって、釈由美子さんそっくりの人形に向かってグラスを差し出すと、釈由美子さんがビールを注いでくれる、というものがありました。ちなみにボクは買ってませんよ。本当ですって!
 買って使ってみた関西のオッサンに感想を聞くと、「正味の話、初めの2〜3回はなんや気持ちよーなったけどな、顔がなんやこう、ポーッなったりしてな。そやけどやっぱ人形は人形やさかいな。情がのうてあきまへんわ。やっぱ、ナマミのネエチャンにはかなわんいうことやわな。ほんまほんま」。まあ、そういうことになるのかな、ハグマシンも。 
 (2010.10.11)   このページのトップへ

『ぞろ目』163

 タイトルを見て、(あっ、今日は2010年10月10日だから、「10ー10ー10」でぞろ目のことを書こうとしてるんだな、こいつ)と勝手に予想してもらっては困る。
 明かせば、本当はそう思ってたんですけど、一応正確なことを書くことを信条とする筆者は(ホント?)、間違ったことを伝えちゃいけないと思って「ぞろ目」の意味を調べてみたわけなんですね。
 そしたら、こう書いてありました。ウィキペディアに。「ぞろ目(ぞろめ、揃目、ゾロメとも表記される)とは、2個のサイコロを振った時に同じ数字(目)が出ること。転じて、2桁以上の数列が全て同じ数字で構成されていること」とありました。
 したがって、この「10ー10ー10」というのは、どう転じても「ぞろ目」にはならないという事実が判明したのです。そんなわけで今日は「ぞろ目」について書けません。では、さようなら。 
 おいおい、そりゃねえだろ! すっぽぬけるだろ!
 はいはい、分かりました。では、ちょっとだけ、ボクが「ぞろ目」について常日頃感じていることを少しだけ書きましょう。
 テーマは、「クルマのナンバープレートをぞろ目にしたがる人の性格ないしは知能指数」について。
 前を走っているクルマのナンバー「777」とかっていうのを見かけたことありませんか? あれ、どう思います? 「おう! カッケー」とか思います? 「あいつラッキーじゃん! ヒューヒュー!」とか思います?
 ボクは違うな。「おバカちゃんね」って思いますね。
 しかもですよ、そういう「ぞろ目」をゲットするために、彼らは高額なお金を払っているそうではないですか! 
 たまたま陸運局から渡されたナンバーが「777」ならいざ知らず、たかがナンバープレートですよ、ナンバープレート。たかが番号ですよ、番号。ホントにもう「おバカちゃん」ねえ。
 性格ないし知能指数、つまりは「お里」が知れますね。かえってね、逆にね。まあ、でもカワイイか。そのくらいならね。
 お里といえば、あちらの国はもっと露骨ですよ。スケールが違う。ウィキに書いてあったんですが、「中華系の社会では8が幸運を呼ぶ数字とされているため、8が連続した番号は、場合によっては家が1軒買えるほどの額で取引されている」! お〜! なんと!
 家1軒ですってよ! そんなにしてまで欲しいのか? そんなことしてまで自分のものにしたいのか? たかが「ぞろ目」じゃないか。たかが「番号」じゃないか。ホントにホントに「おバカちゃん」だわね。
 そんなノリで、たかが「島」じゃないか、とかつて書いたが、よく考えると、いや、これについては「おバカちゃん」では済まないないのではないか、という気持ちになってきた。どうしたものか、中華系!
 (2010.10.10)   このページのトップへ

『ベスト16』162

 あと少しで『卓球甲子園』ベスト16が出揃う。
 大番狂わせがあった。優勝校の興南高校(沖縄)が明徳義塾(高知)に負けてしまったのだ。もう島袋君の豪腕が見られない。残念! 仕方ない、これも勝負の世界。ちなみに島袋君のほうをプレイしたのは妻でした。大金星を挙げたのはボクでした。
 皆さんの地元の高校は残っているだろうか。応援メッセージはNHKのホームページではなく、直接「オフィスマドロス」までお寄せください。お待ちしております。
 では発表しま〜す。ベスト16に残っているのは以下のチームで〜す!

 ★一関学院(岩手)
 ★中京大中京(愛知)
 ★佐賀学園(佐賀)
 ★明徳義塾(高知)*2回戦興南を破る。
 ★開星(島根)*島根県勢100年ぶりの快挙。1回戦仙台育英を破る。
 ★東海大相模(神奈川)*一二三君好調。
 ★八頭(鳥取)*鳥取県勢80年ぶりの快挙。
 ★聖光学院(福島)
 ★履正社(大阪)
 ★西日本短大付(福岡)
 ★新潟明訓(新潟)
 ★鹿児島実業(鹿児島)
 ★山形中央(山形)
 ★成田(千葉)VS英明(香川)の勝者 
 ★常葉橘(静岡)VS前橋商(群馬)の勝者

 どうですか? 夏の甲子園とはまたひと味違った展開になってきましたよ。秋田と宮城は破れたけど、東北勢が3校も残っていることも心強いですね。
 白河の関を越えるぞ〜! 
 いやあ、それにしても、長い、長い。
 (2010.10.10)   このページのトップへ

『戻ってきたぞ! カツオマン』161

 太平洋沿岸という、うらやましい立地条件に住む知人が、全長1メートルほどの『戻りガツオ』を1本送ってくれた。奥羽山脈を越えて、1本まるまる元気印のカツオマンが、無事わが家へ泳ぎ着いたわけです。ブラボー!
 ボクはカツオという魚が世界で一番好きだ。(世界で一番・・・は、その時々で変わることは前に書いた)特にこの時期の脂の乗った『戻りガツオ』は最高だ。
 食べるのも好きだが解体も好きだ。このぐらいのサイズは難なくさばける。すごいでしょ?
 さて、そんな自慢はさておき、ボクはさっそく軍手をつけて出刃包丁を手に持った。
 まず、カツオの頭部を切断する。鮮血が飛び散り徐々に興奮が高まる。このあたりの心境は「人斬り以蔵」。ここで『星』と呼ばれる心臓を取り出す。こんなに大きい体をたった3〜4センチの心臓が支えているんだなあと妙なところに感動。
 それから、背びれを落とし、魚体の腹と向き合う。このあたりから興奮は徐々に収まり始め、やがて心静かな「辣腕外科医Dr.イトー」の心境になっていく。深呼吸を一つして、周囲を見ながら「では、始めます。あやかさんいいですか?」と言った後、お腹にVの字にメスを入れ、肥大した内蔵を取り出す。うわあ、でかいなあ、捨てるのもったいないなあと妙なところで未練。
 ここまでくればあとは必殺『三枚おろし』。出刃を横に構える。このあたりからようやく「板前さん」の心境になる。板前さんといえば、板前さんをやらせたらこの人の右に出る者はいない梅宮辰夫を思い出す。梅宮は、繊細な手さばきで出刃を横に引く。すると赤系のグラデーションが目に鮮やかな、トロ〜とした柔肌が露出する。きれいだ! どこか場末の丸いステージで見たことがあるような、ないような。
 夏に『初ガツオ』というものも食べたが、例えて言えば、あれは『青春ピチピチ系』。こっちは『熟年ジュクジュク系』といった感がある。ピチピチもいいがジュクジュクも悪くない。いや、おじさんは「ジュクジュク」大好きだ。思わずよだれ。
 ここで、半身の切り身が2つと中落ちができる。中落ちは『骨はだけ』という技を持つ妻の担当部門。この技は、骨の周りに付いている身をスプーンでひたすら「はだけ取る」というもの。細かい内職的作業が得意な妻の気質に合っている。
 妻がはだけ取っている間、ボクは、切り身を背側と腹側に分断し、腹側の「ハラス」部分を切り分ける。「ハラス」は焼くとうまい。
 お刺身用の大きな細長いブロックが4つできた。このあたりの心境は板前を離れ「家の骨組みが完成したあたりの大工の棟梁」といった感じである。大工の棟梁といえば誰だろう。近所の寡黙な大工さんかな、思い浮かぶのは。正青龍さん。正青龍さんは整然と置かれたブロックを見下ろしながら、「どれどれ」と言って一服する。
 最後は、各ブロックに付いた皮を削いでいく。このあたりの心境は、棟梁からやや格下の「カンナがけする大工さん」になる。皮下脂肪を残すようにできるだけ薄く削らなければならない。気を遣う職人技だ。
 さてさて、そうこうしている間に、骨はだけ取り部門の妻は、ボールいっぱいに中落ちをはだけ取ったようである。三枚おろしの精度の低さを物語っていてボクは少し悲しくなる。残念!
 めげずに最後の作業に移る。4つあるブロックの背側2本を「たたき」にする。フライパンを強火で熱して表面を焦がすように、中に火が通らないように転がしながら焼く。高度な技が必要だ。「よしっ!」の掛け声とともに素早く氷水の中に投入。ローストビーフのような断面の「たたき」が完成! 冷やして冷凍。
 そんなわけで、長々と書いてきたわけですが、最後に読者の皆さんのひんしゅくを覚悟で、夕べのメニューを紹介して終わりにしたい。 
 当然、つまみは「刺身にタマネギと生姜とネギを載せてポン酢をかけたカツオのたたき」これ、はっきり言って死ぬほどうまかったです。脂が乗っててサイコーでございました。
 おかずは、「星とハラス焼き」。こっちもうまかった。
 そして、骨をはだけた中落ちで作った、妻特製の「味噌たたき」。もう言うことなし。
 カツオ三昧の食事を終え、寝る前に体重計に上がった妻が言いました。
「あっ、体にも脂乗ってる〜!」
 そのぐらい我慢しろ! そう言う読者の声が聞こえてきそうです。すんません、おいしくて。
 (2010.10.09)   このページのトップへ

『弱いね、筋肉』160

 おととい薪割りをしたボクは、今日になって「筋肉痛」になっている。
 ほんの2時間ばかりの肉体労働なのに・・・。
 その薪を昨日何回か運んだだけなのに、妻も筋肉痛だと言っている。
「使ってる筋肉が違うんだからしょうがないよね」 
 そう言って慰め合うしかない。 
 あっ! 卓球やってなかった! 
 仕事にかまけて卓球を忘れてた。
 よーし、この山場が終われば卓球するぞ! 卓球甲子園、まだ1回戦の途中だったんだ。
 (2010.10.09)   このページのトップへ

『スノノメズドシャのスミズだす』159

 この方は、営業マン大嫌いのボクたちが、唯一認める真の営業マンである。3年ほどの付き合いで、直接会ったのはたったの1回だけなのに、今では営業マンの鏡とさえ思うようになった。妻は特に彼の大ファンである。
 彼は、毎年この時期に必ず電話をくれる。心がホンワカする秋の楽しみなイベントだ。
 ボクたちが彼を評価する理由は以下の通りです。
 1.余計なことを一切言わず、過不足なく用件を伝える。
 2.最初会った時、普通は高い方のプランを押し付けるものなのに、逆に安くて必要最小限のものを勧めた。 
 3.風貌が素朴で、言葉が著しくなまっている。
 4.電話の内容が毎年寸分たがわず同じである。
 5.会話中、以下に示す【*】印のところが特に出色である。涙ものである。優しいね、彼。
 今年、その幸運な電話に出たのはボクだった。
 まず元気な第一声が流れる。
(どんも、おしぇわさまでございます!)
(スノノメズドシャのスミズだす)(訳)『東雲(しののめ)自動車』の清水です。 
(11月2日、保険切れるもだもで電話すますた。夜分しみましぇん)
(保険料の改定あって、ほがの人はしこす金額上がるども、イドサンはしこす下がるス)
「へえ、そうですか」
(なも、しこすだす。200円ばっこだす)(訳)いや少しです。たった200円ほどです。
「へえ、それはよかった。じゃあ、継続でお願いします」
(はい、ありがどございます。【*】皆さんお元気だすか?)
「ええ、妻もすこぶる元気ですよ」
(ああ、そえだばえがったあ。何がしこすでも困ったごどあれば電話すてください)(訳)それはよかった。何か少しでも困ったことがあれば電話してください。 
 ねっ、ステキでしょ? ボクらは、どこに引っ越そうが、彼の保険に入り続けることに決めている。 
 (2010.10.08)   このページのトップへ

『いぢげ勝負』158

 妻の父、すなわち義父が生前妻にこう言ってたそうです。
「いぢげ勝負するもんでねえ」
 これはどういう意味かというと、「面倒くさがって、何でも一回でやろうとするもんじゃない。そうするとこぼしたり、怪我したりするから気をつけなさいよ」ということです。
 妻は確かにそういうところがあって、例えば冷凍庫の魚を出しに行ったとき、ついでにタマネギもじゃがいももと欲張って手に余るくらい抱えるため、途中でゴロゴロ・・・。
 まあ、ボクも似たようなところがあるわけですが、妻の場合はかなり顕著。
 でも、妻はこう言って弁解します。 
「私の場合は、決して面倒くさいからじゃないの。効率とかを考えていろいろやってるわけ」
「だけど、その結果、卵割ったり、お皿割ったり、おでこぶつけたり、どんぶりぶちまけたりしたら意味ないんじゃないか?」
「それはちょっと運動神経が付いていかなかっただけ」
「・・・・・・」
 今日は天気がいいので、代表多忙中につき、ボクは珍しく単独で薪割りをすることにしています。
「一人だけど頑張ってね。決して『いぢげ勝負』だけはしないよう」
「はいはい」  
 (2010.10.07)   このページのトップへ

『ネナベ』157

 この間<こんな>ことを書きました。オナベの話、というか『チン欲しい!』という、おなべさん的・・・というくだり。
 それと関係して、昨日こういう言葉をボクは知ってしまった。
 ネナベとは、姿が見えず素性がわからないネットワーク社会の匿名性を利用して、女性が男性を装うこと及び装っている人を指す言葉。対語として逆のケースの「ネカマ」がある。(ウィキペディアより)
 いやあ、驚きましたねえ。「母さんがヨナベをして、手袋編んでくれた〜」ヨナベをネナベに置き換えたらエライこっちゃ。母さんがとうちゃんの服着てコスプレして手袋編んでる図を想像すると・・・。怖い。やめてほしい。
 まあ、そういう言葉がボクの知らないところで量産されているところを見ると、このネットワーク社会の広がりには目を見張るものがありますなあ。
 昨日も隣のK子さんに、「農産物の研究会で発表するんだども、サトイモの茎のエグミはどうやったら抜くことができるか、ネットで調べてほしい」と言われました。ボクらは調べてプリントして渡したんですが、こんな田舎の村にもネットという言葉が普及していることを知りましたね。
 2日でやめたツイッターもネット社会の先端ツールであることは間違いない。要は、そういうツールをきちんと取捨選択できるかどうかなのだなあ。使えるもんは使う、もう少し様子をみてから使えれば使う、使えないから使わない、そういう意思を持って臨むしかない、と結構マジにボクは思っております。
 いずれにしても『ネナベ』になるつもりは、あっ、ボクは『ネカマ』か。そういう趣味はありませんが。
 さて、超大型案件は大きな山場を越えつつありますが、まだまだ忙しい時期が続いております。夜遅くまでトトトトトトト・・・の代表のがんばりを見ていると、ボクは『ヨナベ』するお母さんの姿を思い出します。
 この仕事もインターネットありきの仕事だったことを思うと、これも『ネットワーク夜なべ』すなわち『ネナベ』と言えるかもしれません。
 寝言と寝しょんべんぐらいしかできないボクは、せめて夜食でも作って持っていってやることにします。ネナベ頑張って!
 (2010.10.07)   このページのトップへ

『おでんの具についての再考察』156

 おでんの具について以前<こんな>エッセイを書きました。
 今日は、さらに進めて、とんでもない進化を遂げている「わが家のおでん」について再考察してみたい。
 昔は「だし」というものの概念も知らず、ゆで卵と大根と「おでんの素」があれば作れると思っていた。そんな頃があったなあ。ああ、恥ずかしい。
 今はまったく違う。そもそも既製品の「おでんの素」なんて使わないのですよ。基本のだしは、昆布、かつお、ごぼう、そしてボクの秘伝の○○。(これは内緒)
 私は今、声を大にして叫びたい! おでんとは! おでんとは、土鍋の中で繰り広げられる『だしの饗宴』、『だしのシンフォニー』だあ〜! 決まった。
 具材について語ろう。饗宴の主役たちだ。すぐに思い浮かぶのは「糸こんにゃく」「大根」「ゆで卵」らのメインキャラと呼ばれる人たちだ。
 しかし、これらの人たちの性格を具体に考察してみると、こいつらは「だしを吸収しておいしくなるタイプのキャラ」だということが分かる。他人を利用することによって自分の出世をもくろむやつら、とも言える。ちょっと小賢しい性格。
 一方、これに対して、「自分のおいしいところをぜ〜んぶ吐き出して、他人をおいしくしてあげるために全力を尽くし切るタイプのキャラ」たちがいることに気付く。本当にけなげだ。実にけなげな人たちだ。人間の鏡ともいえる。
 この立派なキャラたちの面々を敬意を込めて紹介しよう。
「揚げぶも〜ん! さつま揚げく〜ん!」パチパチパチパチ・・・。
「魚介ぶも〜ん! つみれちゃ〜ん!」パチパチパチパチ・・・。
「お肉ぶも〜ん! ロールキャベツさ〜ん!」パチパチパチパチ・・・。
「そして、今回初登場の総合ぶも〜ん! 『鶏ひき肉、しいたけ、人参、タマネギにウズラの卵を割入れたきんちゃく』ちゃ〜ん!」
 これ、妻の考案だったんですが、すごくおいしかったですよ。皆さんもお試しください。
 おっと、忘れていた。もう一つあった。これ大事ですよ。絶対不可欠! いいだしが出るんです、タコ。
 そんなわけで、ものすごくおいしく進化したわが家のおでん。
 これから寒い季節、何度も食卓をにぎわしてくれることでしょう。
 コンビニのおでんに飽きた方、どうぞわが家へいらしてください。アツアツのホクホクを差し上げましょう。お土産は「いいちこ」でいいですよ。
 (2010.10.06)   このページのトップへ

『汲み取る、という概念』155

 一口で『汲み取る』といっても、これには2つの概念がある。(そんなたいそうな)
 一つは「液状のものを汲んで取り出す」、もう一つは「他人の考えや事情などを推察して、それを考慮した行動をとる」。そういうふうに辞書に書いてある。
 さて、今日はどちらの『汲み取る』について語ろうか。
 どちらの概念をテーマにして語ろうか。
 悩んでいる。
 テーマの選択によっては、180度違った話になってしまいそうだからである。
 ボクらしくやろう。
 前者でやろう。
 思いっきりくだけちゃおう。
 ええ、前者の『汲み取り』やりま〜す。
 今朝起きて、トイレに入っていてはたと気付いたことがあります。衝撃的な事実。
 ボクの50年の人生の排泄方面の歴史の中で、『汲み取らない歴』を『汲み取り歴』が上回ってしまった、という恐ろしい事実。
 汲み取ったほうが、汲み取らないより長いなんていう、そんな読者はおられますか?
 水洗より非水洗が長い方、手を挙げてくださ〜い。ほら、やっぱり誰もいない。
「私、こっちにきてから初めて経験したよ」
 都会育ち(?)の妻がそう言うまでもなく、入れ歯ハフハフのおじいさん、おばあさんならいざ知らず、ボクぐらいの年齢でこういう人は皆無だろうなあ。ショックです。
 ボクのこの気持ち、汲み取っていただけますか?
 (2010.10.06)   このページのトップへ

『渡米!』154

 と言っても、ボクらが渡米するわけではありませんよ。
 渡米したのは、新米の『あきたこまち』くん。
 海を渡る米、これぞ正真正銘の『渡米』ということになります。やりました!
 『あきたこまち』くんは、パスポートなしで海を渡り、最終到着地であるところのワシントンで<こんなふうに>ツヤツヤと笑っています。
 喜んでいただけて里親としてもうれしい限りです。田舎者ですが、どうかよろしくかわいがってやってください。
 (2010.10.05)   このページのトップへ

『おばあちゃん、サプライズ!』153

 ボクはさっき、石巻のおばあちゃんに電話をして、床が抜けるほど飛び上がらせてやりました。入れ歯も外れたそうです。
「ねえ、おばあちゃん、『鴨肉のステーキと牛バラ肉の煮込み盛り合わせ』と『秋鮭ときのこのパイ包み』などをメインにしたフランス料理のフルコースを一緒に食べよう!」
 ボクたちは、毎年、春と秋におばあちゃんを秋田に呼んで、一緒に1週間〜10日くらい遊ぶのを恒例化しているのですが、今回はちょっと思い切って奮発してみました。
 それは、ボクら自身がちょっと疲れ気味であること(特に代表)、さっぱり休んでなかったこともあるし、この間、WEBの写真を整理してたら、2年前におばあちゃんと行った田沢湖のホテルの料理がおいしそうだったこと。その時の顔がサイコーに楽しそうだったこと。2年に1回くらい親孝行を兼ねて贅沢してもいいじゃない、という気持ちになったわけです。ちなみにその時は<こんな>料理と顔でした。悦楽顔。
 今回は大潟村のホテルに1泊して、思い切り楽しんじゃう計画なのです。
 まだ3週間も先のことだけど、おばあちゃんのことだから、今からああでもないこうでもないとお洋服を出し入れすることでしょう。
「ボケ防止になっていいのよ」
 妻はそう言いながら、ト・・・・・・。
 本当は、この人が一番その日を夢見ているはずです。頑張れ代表!
 (2010.10.04)   このページのトップへ

『チン不要論』152

 男を捨てようとしているわけではない。
 チン、すなわち『電子レンジ』は要らない、ということを書きたいのである。 
 うちには以前からずっとそれがない。珍しい家だ。貧しい家だ。
 でも、全然困っていない。強がりではない。負け惜しみでもない。
 しかし、昨日さすがに困ったことがあった。2人とも全日、全神経を仕事に全集中していたため、冷凍庫の魚を解凍するのを全忘却していた。
「あっ、おかずがない!」仕事が終わった時、大パニック、非常事態に陥った。何も食うものがない、という生命存続の危機。こんな時近くにコンビニがあれば・・・、近くに飲食店があれば・・。でも、ない。な〜んもない。
 せめてチンがあれば、凍った魚を解凍できるのに・・・と思った。でも、そのチンもない。
 そう考えると、田舎は食料事情が豊かに見えて、意外なところに『生命存続の危機』が潜んでいるのだなあ。ましてや、チンもない家というのは『死と隣接』しているのだなあ、と思った。
 まあ、しかし、こうやって今日も生きているということは何とかなったわけでありまして、別にそんなに深刻に『死』を見つめる必要はなかったわけです。
 妻の裁量で、あり合わせのものを使った『サトイモの煮っころがし』(これがまたうまかった)を食べ、こうして何事もなかったかのように生きているわけです。
 一瞬よぎった『チン欲しい!』という、おなべさん的、誘惑的衝動もしぼんだわけであります。
 もともとボクらは、チン不要論者でありまして、それはなぜかというと理由は大きく2つあります。
 一つは言うまでもなく『貧乏』だから。
 もう一つは、『うまくないから』。チンであっためるとうまくなくない? 
 今回、チンがないことによって『チン騒動』が起こったわけですが、まあこういうことはそうあるわけでもないし、これからも『チン不要論者』であり続けたいと思っています、はい。
 ここで、皆さんの中で『チン不要論者』になってみたい、と思われる方がいらっしゃれば(いるわけない!)一言苦言を呈したいと思っていることがあります。この条件を満たさない方にはお勧めできません。やめてください。
 これは、『財団法人チン不要協会』の規約第1条第2項に書いてあるもので、『チン不要論者の条件5か条』というものです。
1.準備男、準備女であること。
2.先回り人間であること。
3.マメであること。
4.健忘症でないこと。
5.電磁波と放射能を同じものだと思って忌み嫌っていること。
 どうですか? やれそうですか? やれそうでしたら協会に入会してください。
 そんなわけで、ボクらは現在も頑固に『チン不要論者』なわけですが、最近、妻がよくこんなことをつぶやくようになりました。
「最近、料理のレシピ調べてても『レンジで作る・・・』とか『このあとはレンジでチン!』とか、やたら『レンジ用』ってのが多くなったのよね。そういうとき困るんだよね」
 聞き捨てならない話じゃないか。協会のほうに相談してみるか。
 (2010.10.04)   このページのトップへ

『よし子ちゃ〜ん!』151

 今から書くことは、いつもくだらないことを書いているボクのエッセイの中でも、特に際立ってくだらない話なので、賢明なる読者諸兄は読み飛ばしていただけたら幸いだ。(だったら書くな!)
 『魔法使いサリー』の登場人物の『声』で、誰が一番印象に残っているか? そういう質問をしてみたい。 
 サリーちゃんはもちろんのこと、カブ、ポロン、すみれちゃん、トン吉、チン平、カン太、ウルトラ婆さん、サリーちゃんのパパ、ママ、大魔王のはてまで、このアニメにはたくさんのキャラが登場する。しかし、『声』ということになると、100人中100人「よし子ちゃん」と答えるのではないだろうか。
 実は、あの特徴のあるだみ声は「加藤みどり」さんがやっている。加藤みどりさんといえば、いわずと知れた「サザエさん」でもある。ちなみに現在70歳、現役だ。「サザエさん」も「よし子ちゃん」もおばあさんになったわけだ。
 それでですね、その「よし子ちゃん」のことなんですが、ボクと妻はよく、彼女の声色をまねて遊んでいたわけです。
「よし子ちゃ〜ん!」と、あのだみ声でしゃべってたわけなんですね。意味なしフレーズ的に。
 ところが・・・ある日、妻がこう言いました。
「ちょっと待って。よし子ちゃんが『よし子ちゃ〜ん!』って言わないんじゃない?」
「あっ、そっか、それを言うなら『サリーちゃ〜ん!』か・・・」
 ね、くだらない話だったでしょ。
 (2010.10.03)   このページのトップへ