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★エッセイ『ことなひまめのオッペケペーですっとこどっこいな日常』

 つれづれに書き記すボクの「備忘録」です。
緋色(ひいろ)とは、「茜で染めた色」で茶褐色の色。鳶色(とびいろ)とも言います。
脇息(きょうそく)とは、肘掛けのこと。
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最新の『緋色の脇息』

  
 

『同行二人』150

 神様がついているから、安心して旅をしなさい。

 (2011.02.17)   このページのトップへ

『職人の手仕事』149

 言葉を一語一語書き付けていくという作業も、職人の手仕事に似ていなくもない。
 材料を吟味し、組み上げ、削り、形にしていくのだから。

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『二択的価値観』148

 別離が悲しいことだとか、不倫がうらぶれたことだとか、そういう二択的価値観しか持ってない人は理解できない。

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『激しさ』147

 入れ込み過ぎるときっと逃げていってしまう。
 感情の激しさと文体の激しさとはきっと別物なんだ。

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『親しき人』146

 和して納まるべき特性を、どこか相互に分担して前へ進める人。(『行人』夏目漱石)

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『花も実もある嘘』145

 エッセイがうまい作家は信用できる。(宮本輝)

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『立派な人2004』144

 「ヨッシ、ヨッシ」と声がして、”ヨッシ”は便所に立ったようだ。
 6時前だというのに、”ヨッシ”はいつもながら早起きだ。
 ”ヨッシ”は便所の窓を開け、勝手口の戸を開け、天気を確認しつつ郵便受けから自分だけが読む地方紙を取り出すと、それを広げることなくベッドに戻り、「あ〜、あ〜」と、もだえるような力ないあくびを数回したあと、また床に入る。
 あとは、オレが焼いた秋刀魚の匂いがするまで、頑として起きてくることはない。
 オレは腹が減ってきたのと、今日は生ゴミ回収の日なので、やや本格的に起き上がる。台所に立つと、生ゴミのすえた臭いがプンとした。
 鼻をつまみながら、町指定のゴミ袋にそれをつまみ投げ入れると、鍵のかかった隣の部屋では”トミ”がいつもの一人しゃべりをしている。
 ”ハナ”に靴を盗まれたと怒っている。こっちも早くから「ご苦労さん」だ。
 トミはその日によって気分がコロコロと、ジェットコースターのように上下し、それは体調やテンションの高さと比例するわけでもなく、テンションが低いのにひどく機嫌のいい日もあれば、その逆もある。
 そんな超ハイテンションでぶったまげるくらい機嫌の悪い時は地獄である。そういう日はこのごろあんまりなくなったが、こっちへ連れてきた頃は、まさに毎日発狂寸前で生きた心地がしなかった。

 ウィ〜〜ンというチェーンソウのうなり声をあげて、トイレやトミの部屋の窓から見える大きな本家の屋敷の庭の樹齢何百年と思える立派なケヤキの樹が切り倒されようとしている。
 数日前の台風で、沿道に大きな枝が折れて落ちたため、安全のために本家の先生は大きなクレーン車と人足10名を調達して、高さ30メートルはあろうかと思われるケヤキを伐採させたのである。
 本家の先生は、住みもしない自分の家屋に、退職金をすべてかけて、古色蒼然たる茅葺きの旧家を趣味でいじっている。
 今日で2日目になるその大仕事のせいで、騒音がひねもす鼓膜に響き、結構迷惑な話ではあるが、ただ一人そうではない人がいる。
 トミは90才の好奇心をフル回転させて、飽きることなく窓から外を眺めている。
 一度、本家の先生に「コーヒー飲みにきなさい」と言われておじゃましたことがあった。
 土産のナスを持って行った。
 彼は、村の人から、やれ気違いだとか玩物喪志だとか言われて変わり者扱いされている人だった。
「この家を残すこと、これは自分の宿命と感じられるようになったのです」
 彼はそう言った。大変立派な人だった。
 それはそれとして、退職金のすべてをかけた屋根の葺き替えが2年がかりで完成した矢先に、この夏の台風で一体何本の老木を伐採せねばならないのだろう。
 そのための費用はいかばかりかと邪推するにつけ、オレの心は病むのであった。

 (2011.02.16)   このページのトップへ

『アキ3』144

 まるで未来を追憶しているようだった。
 未来に対する既視感にとらわれているようでもあった。(芥川龍之介)

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『アキ2』144

 かすかに残ったアキの匂いが、ぼくのなかの時間の残滓を掻きまわした。(芥川龍之介)

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『アキ1』143

 名前を呼んだ。何度か繰り返し呼んでみた。
 すると彼女は、自分の名前を求めて小さく身じろぎをした。
 それから何かを払いのけるように、首を左右に動かした。
 顔を覆っていたものが、一枚ずつ剥がれ落ちていった。
 表情にうっすらと生気が戻り、小鳥が囀るようにして瞼が開いた。(芥川龍之介)

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『蝶の鱗粉』143

 カーテン越しに射し込んだ光が、蝶の鱗粉のように部屋の中を飛び回っていた。(夏目椰子)

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『自然という書斎』142

 朝の涼しい時に7〜8時間、集中して執筆することを習慣としていた。
 キューバの暑さは快い。(ヘミングウェイ)
 最後まで「書く」ことにこだわり続けたヘミングウェイが選んだ「自然という書斎」。

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『玩物喪志(スノビズム)』141

 珍奇なものを愛し、大切な志を失うこと。

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『消えた銃声』140

 人生の豊かさとは、我々が忘却したものにこそある。
 文字に書かれることもなく、記憶に刻まれることすらなく、虚空に散らばって風に散っていくものたちよ。
 草原のざわめき、木々の吹く口笛、インディアンサマーの熱とゆらぎ、とこしえに繰り返される空の空なる営みよ。
 一発の銃声は、神無き荒野に響く弔鐘であろうか。
(『消えた銃声』 アーネスト・ヘミングウェイ)
 大自然と向き合う人生、銃と釣り具、そしてペンを握りしめて。

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『落ちこぼれ』139

 落ちこぼれてみないと見えなかった風景っていうのがあって、背伸びばかりしていると視野に入らない丈の低いものの中に、実はしっかりと大地に根を下ろしている大事なものがあったのよ。
 (『阿弥陀堂だより』〜美智子先生)

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『駄作』138

 多くの地道な生活者たちの平凡な感情に共鳴する小説を書きたい。
 できれば単行本を出版したい。それさえ実現できれば他に望むものはないのだが。
 起承転結はそれなりにしっかりしている短編なのだが、人間存在の真実に触れる『一言半句』が見当たらない。
 悲しみを描いていながら、どこか突き抜けた明るさが必要なのだがそれもない。
 要するに駄作である。
 (『阿弥陀堂だより』)

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『時間』138

 深い緑葉の層を抜けてきたいく条もの春の白い光の中で握り返した孝夫は、彼女の手が以前よりもはるかに温もり、肉厚になっているのを感じた。
 (『阿弥陀堂だより』)

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『美智子先生の言葉』137

 私、やっぱりこの村に来てよかった。大きな声を出すと良いことって逃げていくから、小さな声で言うけど、ありがとう。

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『村の老人』136

 空に昇るしか抜け道のないこの閉じた風景だけを見て,40〜50年も生き続けることができるのだなと思い至ると、人間の精神の底力を見せつけられたようで、無性に胸が熱くなってきた。

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『流れ去るものが・・・』135

 流れ去るものが、やがて懐かしいものになる。(プーシキン) 

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『書けないときは』134

開高健「書けないときはどうしたらいいんですか?」 
井伏鱒二「『いろは』でもいいから毎日書いていなさい」
開口健 オレもやってみたけど、できそうでできないんだよな、これが。つい書いてしまうんだよな。つまらない文章をね。

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『おうめさんの言葉』133

 わしゃあ、この歳まで生きてくると、いい話だけを聞きてえであります。たいてえの切ねえ話は聞き飽きたもんであります。
(『阿弥陀堂だより』南木佳士〜おうめさんの言葉)

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『愉快な小説』132

 愉快な小説は、悲劇よりも書きづらいのを知っている。
 世の中にはいい話っていうのは少ないから、ホントらしく作るのって大変なんですよ。だから小説は悲しい、やるせない話が多くなってしまうんですよ。
(『阿弥陀堂だより』南木佳士)

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『小説とは』131

 阿弥陀堂を言葉で作るようなものだと思います。
(『阿弥陀堂だより』南木佳士)

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『後半生』130

 このまま適当に毎日をうっちゃって暮らしていれば、後半生も何となく無事かな、と孝夫が中年の諦念と楽観を合わせて抱き始めた翌年の春、美智子が妊娠した。
(『阿弥陀堂だより』南木佳士)

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『ボートレール』129

 『人生は一行のボートレールにしかない』
 個々の実学よりも、全体を包む文学にひかれてしまう。

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『サマセット・モーム』128

 モームは、アリの地道な生き方よりも、キリギリスの人生を楽しむ生活を良しとしたじゃない?
 私は臆病だからたぶん面白みのない実直な百姓の道しか歩めないと思うけど、どこかで”花見百姓”になってみたいなって考え続けるような気がするの。
 そういうものの存在を肯定しながら生きるって言ったらいいかしら。
 (『阿弥陀堂だより』南木佳士〜美智子先生の言葉)

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『50円玉』127

 両手にレジ袋を提げて、ボクは下を向いたまま雑踏の交差点を渡っていた。
「あっ!」
 ボクは叫び立ち止まった。
「50円、めっけ!」
 レジ袋を地面に置いて顔を近づけると、確かに銀色に光った50円玉。
 ボクはそれを拾ってポケットに入れた。
「声が弾んでたよ」ま、が言った。
 ボクはうれしくなった。
 ボクには弾んで話せる人がいる。
「いいことあるよ」ま、が言った。
 ボクはうなずいて、前を向いて歩き出した。

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『やりなよ』126

 あなたに何かあったときは私がいる。
 何でも決まっていたらつまらないもんね。
 あなた、『自分の人生』って言ったよね。
 やりなよ。

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『地割』125

 どうしてだろうな。
 大事なことは全部忘れて、どうでもいいことを覚えている。
 でも、オレにとってはつまんないことが大事なことなのかもしれない。
 人生にとって無駄、無為は大事だよ。
 今までのオレは、無駄を怖がって結果ばかり気にしていた。
 地割・・・。永遠に壊れないものなんてない。壊れたら造って、いつも造り直していけばいい。

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『刑務所は・・・』124

 刑務所は結婚よりいいかもしれませんなあ。
 (『刑事コロンボ〜別れのワイン』カシーニワイナリーのエイドリアン)

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『あっ、茶柱!』123

 あなたの喜ぶ顔が見たい。
 私はそう願っています。

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『漁師』122

 波がうねってきた。
 海の胸騒ぎだろうか。
 漁はその日暮らし。自由だ。
 男であることは自由であることだ。(ラオスの漁師)

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『下読みさんの言葉』121

 落選するのが当たり前。
 落選するのが普通。
 「絶対に入選してやる!」などと考えていると、そういう「雑念」が小説の文章に出るものなんです。
 この作者は、自分が入選して当たり前だと思い込んでいる。そういうのが下読みには分かってしまう。
 作者の気負いのないものが入選する。
 あくまでも『経験値稼ぎ&現在のレベルの確認』といったつもりで応募してください。
 書き続けていれば、少しずつ自然にレベルアップしていくものですから。(和田曜介)

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『カッコウを思い出せ』120

 たくさん考えて、たくさん書きかけて、たくさん挫折して。
 『カッコウ』を思い出せ。

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『カッコウ』119

 小学校の時、担任の本間米吉先生(あだ名はダル)にえらく褒められた詩があった。『カッコウ』という題だった。
 その詩は、先生が3年間コツコツと作り続けたガリ版の学級通信『しろばと』にも掲載された。
 『しろばと』は製本されみんなに配られたが、ボクはそれを持っていない。
 よってその詩を再生することはできないが、確かこんな感じだった気がする。

 カッコー、カッコー。
 どこかでカッコウの声がする。
 ボクはその声のするほうに行ってみた。
 カッコウはいなかった。
 ボクは悲しくなった。
 家に戻る道でまた声がした。
 カッコー、カッコー。
 そのまま家に帰った。 

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『オイカワの腹色2004』118

 青インクを一滴たらしたたらいの水に、同じく赤インクを一滴たらして、それが溶け始めた頃のややまだらな色具合。
 それを、たらいの底のほうから照明を当てて透かしたような、まるで「オイカワ」の腹色をした朝焼けが、すだれ越し、燐家の昭三郎さんの最近塗り替えたばかりのトタン屋根と、その手前、ムクゲや椿や楓の樹のシルエットを手前に配置した形で東の空を彩っている。
 5時を少し過ぎたばかりに小便に起きた。さすがに夏掛けの布団では肌寒さを感じて、これはやはり真剣にいろいろ冬支度を考えなければなるまいと、台風18号にすらはがれず持ちこたえた、波トタン1枚の壁を見て思った。
 村の公民館を解体した夏の日、大工の正春さんの好意というか同情で、大型の石油ストーブをもらって小屋に置いたままになっている。
 それを備え付けるのはもとより、風よけならともかくも、さすがにトタン1枚でこれから8ヶ月も続く、長く非常に厳しい秋田の冬を持ちこたえるのは大変なので、この間、石巻のおせっかいで物知りの魚屋エンちゃんが教えてくれたように、波トタン板の内側に、魚を入れる発泡スチロールの板などで補強してやらなければなるまいナ。
 そんなことを考えているうちに眠れなくなった。
 芸術的色彩でオレの目を奪った朝焼けは、そんなことを考えて天井を見上げている刹那、ごくありふれたサンマの腹色の空に変わってしまった。
 今日は晴れそうだ。
 サンマ・・・といえば、石巻のエンちゃんとこからこの前届いた合計38匹の生サンマが、急遽オークションで買った自慢の冷凍庫の中に、まだ20匹は手つかずに凍っている。 

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『9時、ま、からTEL。2004.09.10』117

 こっちの様子が穏やかに過ぎていることを告げると、何だか少し拍子抜けした感じで、また以前の3人ユニットでそれなりに自然体でやれていることは事実なので、ま、には悪いけど「大変だあ〜、早く帰ってきてくれ〜」というメッセージは多分に無理がある。
 「今のところは・・・」と言うのが精一杯で・・・。
 一方、ま、のほうは、ブタクサの花粉症の再発と原因不明の100カ所の気持ち悪いデキモノのことで、今日は皮膚科が混んでいて、頭もボーッとしていたため診察をしなかった旨の話があり、オレは何だか「またかよー」という感じで、心配でもあり、情けなくもあって、今日は全面的に、ま、の期待に応えられないことになって、17分で終わりにした。
 原稿書きが少し進んだことも含め、こっちがある程度順調な様子だと、ちょっとだけ、ま、が不機嫌、というか順調じゃないほうがちょっとだけ嬉しそうだ。
 それは、とりもなおさず”自分が必要なんだ”って思えるからかもしれない。
 逆の立場ならオレもそう思うナ。
 こっちの”一人でも大丈夫”というメッセージは、ま、には”あんだ別にいなくてもいいよ”という感じに映るんだろうナ。
 そーいう意味で、今日の会話はちょっとばかしお互いかみ合っていなかった。
 ちょっと変な後味が残った。
 ま、は、ちょっと寂しい思いをしたろうナ。
 そんなことは分かってたけど、今日のオレは調子を合わせることができなかった。 

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『煮魚がうまいらしい。2004.09.10』116

 ま、んちから以前届いたカレイを煮付けて、子の入った大降りの切り身を出すと、2人は感激して食い尽くした。
 我ながら何度作っても煮魚はうまい。
 今日は風呂をパスして、早くも7時にみんな床に就いたもよう。
 さすがにオレはこの時間に寝るわけにもいかず、さりとて焼酎もさほど進まず、TVなんぞは言うに及ばずなので、ま、の部屋から明かりを持ってきて書いている。
 そうそう、目の前のすだれに、いつものひょうきんなアオガエルがピョコピョコよじ上っていて、おかしい。
 この夏、彼らには随分笑わしてもらい、ま、と険悪ムードだった時もそれを断ち切ってもらった。
 母ちゃんの生まれ変わりの”守りガエル”は、すだれの葦の1本につかまり、ずり落ちてはまたたどたどしく登る。
 ガンバレ! やせガエル!
 オレも負けずに、今夜は少し根を詰めてやろうかしらん。
 オレ44。
 85までは生きると決める。あと40年も書き続けているわけだ。1年に1作としても40作である。
 まだまだこれからだ。オレの人生は今からだと思う。
 焦らず、たゆまず、続けていくのみである。
 そのうち必ず道が拓けると信じて進もう。 

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『トミの好奇心はおもしぇ。2004.09.10』115

 ”好奇心”なるものは、歳に関係なく存在するもので、今のトミをとても可愛く見える。
 トミの7畳半の部屋の西の窓から、本家のケヤキの樹の伐採がよく見えて、トミはそれを飽きることなく見つめ、何やら講釈を述べる。
 通りかかった作業の人の足を止めさせて、窓辺の社交が始まる。
 話の内容は、もちろんボロボロボケているけど、何と言ってもそのバイタリティには感服させられる。
 それに引き換えヨシオは・・・。
 おもしろい両極の人たちだ。 

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『大根の双葉は台風18号でぶっちぎれた。2004.09.09』114

 3人ユニットの生活初日。
 畑ではやはり台風の爪痕で、大根の若い葉が無惨にも折れて死んでいた。
 早いものである外の小屋前の冷蔵庫の倒壊や戸板のそれは、もはや片付ける気にもならない。
 それほど、この夏の台風は多過ぎた。
 朝8時前に起き、朝食〜洗濯。
 天気が良かったので、大量の洗濯は皆乾いた。
 ま、からは2度の電話で元気な様子を伝えてきた。 
 皆が、ま、を待ちわびている。それを、ま、が喜んでいる。 
 原稿の一行はなかなか書けないが、何とかなるだろう。 

 (2011.02.12)   このページのトップへ

『台風18号のあとを追って。2004.09.08』113

 5日〜8日の仙台・石巻の旅が終わる。
 事務的なこと、少しの遊び、石巻でのアッシュとの休養・・・。
 早いものである。
 トミもヨシオも元気だ。今日の夕飯はペルパーさんが作った「だまこ鍋」だそうだ。規則でオレのはない。オレはどうなる?
 帰りのタクシーの運ちゃんは妙にハイな人で、里に熊が出没していること(ビールの樽にババメとフヅナイで2頭入った)、台風で大潟村の米は半分、塩害にあい(新潟も)米の値段が高騰することなどを教えてくれた。
 おばから現金書留が届き、電話も合った。従兄弟から山の件、強気に出る旨。
 留守の間にいろいろなことがあったようでもあり、何もなかったようでもある。 
 今、ヘルパーさんが来て、ヨシオは「風少しやんだよーですね」と愛想を振りまいている。この人は介護の人にはやたら愛想がいい。 
 なーんだ、大丈夫じゃん。
 ま、がいない日々が始まる。
 いろいろやるべきこともあるし・・・。
 ”台風18号は温帯低気圧に変わった”とTVが伝えている。
 ”水上勉が85才で死んだ”とも言っている。
 腹が減ったなあ。
 向こうで、「だまこ鍋だあ」とか言って2人は食べ始めた。 

 (2011.02.12)   このページのトップへ

『NSP』112

『17才の詩』『お休みの風景』『雨は似合わない』『さようなら』『愛のナイフ』
『夕暮れ時はさびしそう』『あせ』『歌は世につれ』『ひとりだちのすすめ』『漁り火』
『寒い朝』『かげふみ』『弥生つめたい風』『北北東の風』『八十八夜』

         
         
           

 ただただ懐かしい。妻もボクも。
 中学、高校時代・・・青春のかけらたち。

 (2011.02.11)   このページのトップへ

『よっし。2004』111

 朝、80%の確率で、トイレで「よっし」と鉢合わせする。尿意のタイミングが見事に遺伝しているのである。
 すれ違い様、よっしは決まってこう言う。
「いい空だなあ・・・」
「・・・あ、ああ」
 よっしの立ち去ったあとのトイレは、投薬のせいで臭いにおいを放っている。
 西向きのトイレの小さな窓には、確かに澄んだ空が切り取られている。
 私は、散歩中の犬がそうするように、よっしの臭いのしみた小便器に自分の尿をマーキングする。 
 そして、心の中で「よっし!」とつぶやく。 
(今日は草取りだな)と思う。
(朝飯に生玉子を追加だな)とも同時に思う。
 よっしが開けたトイレの窓は、ちょうど色紙2枚分の大きさで、磨りガラスのために外の景色はその半分の大きさに過ぎない。
 それでも、そこには今日のような青い秋色のほかに、曇りの鈍調なグレー、もっと深い冬の雪雲、早春のあけぼの色、夕暮れのオレンジ色、台風の闇色など、様々”北国の四季”が映し出される。
 そして、それを背景として、マンサクの鮮やかな黄色、あじさいの艶っぽいむらさき、水仙やコスモス・・・。
 また、そこから吹き込む外気にも季節を感じることができる。セミ、スズムシの鳴き声も入ってくる。
 よっしは、その色紙大の絵をこよなく愛しているように見える。
 そして、自分の行動のよりどころにしているフシもある。
 一方、トミとは一遍もトイレで会うことはない。彼女には専用のポータブルがあり、個室で用が足せるからである。
 それでも、たまには用便中に誤って私が戸を開けてしまい、
「おはよう!」が、トミの像のようなしわくちゃの臀部に向かって発せられることもある。
 トミは耳が遠いから、そんなことなど意に介さず、ただ黙々と用を足す。
 私は、馬小屋のような臭いのするトミの部屋に入り、南に向いた窓を開ける。
 その辺りでようやくトミはオレに気付き、
「パパ、おはよう」と言う。
 オレは、トミに向かってではなく、トイレの窓よりは少しだけ視野の広い窓に向かって、背伸びをしながら応じる。
 ”まんさく”の花の香りが馬小屋に入ってくる。

 トミとヨシオとの風変わりな同居生活が始まってから、まだ半年に満たない。
 夫婦の片割れだけが残された3世代が、生まれ育った、いわば”ふるさと”である秋田の寒村に戻ってきたのは今年の4月だった。
 いろいろそうなるきっかけや事情があった。
 最初はオレだった。
 事業に失敗し破産した。仙台にあった家も土地も財産もすべて失った。そして「逐電」。ややあって離婚した。
 「ややあって」いる間にヨシオが入院した。パーキンソン氏病の疑いがあると診断され”妄想・幻覚”の人となった。75才。
 母の13回忌から1年後の冬のことだった。
 ヨシオが入院してすぐに、トミも入院・・・。腰痛で救急車で運ばれ、その時打った”痛み止め”の副作用が原因の“胃と十二指腸潰瘍”で栄養失調になったのだ。
 足がむくみ、90にしては骨格のしっかりしていたトミはやせ細って入院した。
 ウンチをつかみ、それを投げ始めた。
 トミは日に日にボケていった。それは、トミの奇行、非行に対して与えられ続けた“鎮静剤”のせいだと思った。
 病院では、潰瘍がまだ回復していないことを理由に、退院の許可をなかなか出してくれなかった。
 オレは”患者を人間として見ていない”この病院の態度に腹が立ち、半ば強引にトミをクルマに乗せて誘拐した。
 トミに、家の庭に咲いた桜の花を見せたかった。4月22日のことだ。   

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『旅に出る』110

 免疫力、自然治癒力をつけるために旅に出る。
 それを司る胸腺は、十代の終わりから老い始める。
 人間の「思うにまかせぬこと」を「思う通りにしよう」という姿勢に、デカルト以後の科学主義、合理主義が直面している暗い陥穽がある。
 だからぼくは旅に出る。

 (2011.02.11)   このページのトップへ

『若菜集』109

 まだあげ初めし前髪の
 林檎のもとに見えしとき
 前にさしたる花櫛の
 花ある君と思いけり
 (島崎藤村)

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『ふるさと』108

 血につながる「ふるさと」。
 心につながる「ふるさと」。
 言葉につながる「ふるさと」。

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『おもちゃ箱』107

 作家とは、子供の頃の「おもちゃ箱」を持ち続けている人。(阿久悠)

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『泣くこと』106

 人はなぜ泣くのだろう。
 それは思い出です。
 人は「思い出」に泣くのです。
 死床の母の顔に泣くのです。
 ふるさとの夕陽の色に泣くのです。
 ガキの頃の友だちに泣くのです。
 朝霜を割って出て行く父の後ろ姿に泣くのです。
 稲穂のにおいに泣くのです。(夏目椰子) 

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『Get busy living』105

 Get busy living or get busy dying.
 必死に生きるか、必死に死ぬか。(『ショーシャンクの空に』から) 

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『恐れ』104

 人が一番恐れるもの。
 それは自分の理解を超えたものだ。 

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『女を口説くには』103

 思いがけないタイミングで、思いがけないプレゼントをすること。 

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『自分のために』102

 自分のために書いた文章は、人に見せるために書いたものより優れている。 

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『shine』101

 誰があなたを輝かせるの? 
 あなたは誰を輝かせるの?

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